いつか見たあの場所へ・・・


全ての始まり~無への帰還
全ての始まり~無への帰還

~作成中~

この世(外の世界)の始まり

それは何もない【無】、いや何かがあった、

プラスもマイナスも持たない何かが…

変化すら起こせない状態で

想いの芽生えによりそこに息吹が生まれた…

その息吹はプラスもマイナスも持たない【有る物】を動かしてそこに変化をもたらせた、

変化と共にそれは光、音、小さな力を作り上げそれは瞬く間に大きく広がってしまった。

この世は二つの顔を持つ…

●一つは物体のある世界(外側の世界、すなわち人間の生まれた世界)創られた世界。

●一つは何もなく何でもある世界(内側の世界、すなわち我々が有った世界)目では見ることの出来ない世界。

●そして大事な事はその二つの世界を超えて許の欲(+も-も)の無い全てが同じ何かに全ての魂(今は魂と言っておこう)が還る事が出来るのかである。

※つまりは全てを許し、全てを手放して、全てになる。これが出来たら唯一許されたということだ。


※ここでいくつか不思議な事に気づかないだろうか…


・外側の世界は内側の世界の中にあって

・時間と距離が有るのは外側の世界だけ


Imagine➡目を閉じて見える世界の事を少し忘れてみよう、そこには形もない何もない世界がありそれがどんどん膨らんで自分の身体を超えて地球を超えて宇宙の果てまで、更にまだ生まれてない宇宙の先まで膨らむから。宇宙は広大と考えていたが宇宙を色で表しそれを何の色も持たない念いで包み込むと宇宙ですら小さいと感じてしまう。

内側の念いの世界がいかに広大か…

念いの世界が還らないといけない世界かと言ったらそれは明らかに違う。

念いがあると何かを創ってしまうから…

そう、創られた物は総て慾だから…

還らないといけないそこは内側の念いの世界の念いを脱した念いを超えたそこにある!と私は感じる。


そこで今度は目を開けて見て、見える世界がいかに不自由か、少し窮屈な感じがしないだろうか?時も場所も形も存在するこの外側の世界。

容の中に存在するとは内側の世界の念いを薄らげてしまう事なのだと思う。


※外側の世界には時と場所が生まれたが、内側の世界には時も場所も存在しない……


✴外世界では物体が生まれまた別の物体になる繰り返しの輪廻転生が出来上がる。それにより時も場所も生まれる、それは+と-に支配された物で無くなることはない、永遠に繰り返されるのだから…

輪廻転生は容有る物全てに起こる、塵や屑にも転生されるのだ。それに魂(今は魂と言っておこう)が入るのだ、容に囚われし魂が…


✴魂、霊、氣…どれが正しいかは定かではないが内世界での容(カタチ)…

今の世界その容のモトでは過去も未来も全てが同じ瞬間、そう…あの人がいて丁度このことを知ったあの瞬間も今の瞬間!だから想えばあの人の心と繋がる。

感じることが出来るだろうか、いつも1人ではなくて内外一つ一つその全てが自分自身なんだということを…

もしあなたが今見ているモノに囚われたらどう感じるだろうか?想いを寄せて考えてみてほしい。


世界の生まれた訳は多分、

無の状態であったそれらが外世界の何かに引き寄せられ想いの芽生えから何かしらの力をつくり、目を覚ました時には容ある物の内側に囚われてしまったんだと想う…

そして慾が世界を拡げているんだと思う。

人が人に生まれ変わる?それは大きな間違い!容の有る物全てに囚われるのだ!!手放さなければならないのは全て“慾”、どんな小さなモノでもだ!±の法則では全てのモノが幸福になるなんて有り得ない、何もないモトの世界に還らなければ有り得ない…


人間は考える事が出来る唯一の存在ではないと思う、慾の塊で考えてしまう可哀想な存在だ…外形のモノ全てがそれぞれ独自の方法で想う事が出来て人間より先へ行っているのだよ。色々なモノが愛しく見えてこないだろうか、人間の慾より解放されたそのモノ達が。色、香り、温度様々な方法で人間に想いを伝えている健気なモノ達。だが私はそのモノ達にも小さな慾があるのではないかと思ってしまう…私もまた慾に塗れた人間だから…